ただいまでーす
東北でのボランティア活動を終え、戻ってまいりましたー
今回のボランティア活動は2回目
前回は4月に、日帰り弾丸ツアーに参加してきました
その時の記事はコチラ↓
東北ボランティアへ① どこか遠く感じるようになっていた、大震災東北ボランティアへ② 目の前にして、わかること今回はツアーは使わず、往復夜行バスで移動、無料宿泊所を利用しての行程です
■行程■1日目 ・新宿発23時30発 仙台行き夜行バスで出発
2日目 ・仙台到着が9:00前ぐらい
ゴールデンウィークだからか、当初の到着予定5:30だったのが
大幅にずれて到着

・今回、宿泊とボランティア活動でお世話になる
東北教区災害ボランティアセンターへ移動
予定では8時くらいのボランティア活動の振り分けミーティングに参加する予定だったが
バス到着の遅れにより参加できず…
・ボランティアセンター内の片づけや洗濯、掃除を行った
3日目 ・畑の瓦礫撤去のボランティア担当に。
仙台津波復興支援センターに移動し、具体的な作業場所を指示されて更に移動。
ある農家のお宅にて、瓦礫撤去に従事。
・15時頃、瓦礫撤去を終えて荒浜地区をまわって東北教区災害ボランティアセンターへ帰宅
・23時55分発 東京行き夜行バスにて帰路につく
4日目 ・5:00 新宿到着
今回の行程はざっとこんな感じです
いやー往復夜行バスは腰にきますね…
帰り道のバス車内では、前の座席の女の子が、これでもか!ってくらいに
座席を倒してきたので、足がシートに挟まれて参りました…
4月の時よりも時間的余裕があったことと、様々な方とお話しする機会に恵まれた数日間でした
私自身、
ボランティア活動には無縁のまま29歳になったわけですが
この2回の活動を通し、いろいろな考え方の変化がありました
実際に東北に行く前はこんな風に思っていました
ボランティアって敷居が高いイメージがある…
まとまった休みじゃないと参加できない感じ…
大きな声でボランティア!って言うのって抵抗ある…⇒これに関しては偽善的?自己満足?と周りの人に思われそう、といった感覚を漠然と抱いていました
そして実際に東北へ行き、ボランティア活動に従事してみてこんな風に考えが変わりました
ボランティアって敷居が高いイメージがある…
まとまった休みじゃないと参加できない感じ…
⇒
全くそんなことはない!今回出会ったボランティアに来ていた方たちには
月1~2回のペースで東京や関西から東北にボランティアをしに通っている方がたくさんいらっしゃいました
仕事終わりの金曜、東京から夜行バスに乗って、土曜日ボランティアをしてその日のうちに夜行バスで帰る…といった
生活を続けている方もいます
私はそんな通い続ける方たちに聞いてみました
私「そこまで活動を続けるって難しくないですか?」
「ボランティア活動を続けられるモチベーションは何ですか?」
「これくらい続けると月一回の習いごとみたいなものだから、全然苦ではないよ」
「どれだけのことができるか…って最初は思ってたけど、やるべきことがまだまだたくさんあるって今は知ってるから」
「いろんな土地でボランティア活動をしてきて、いろんな人と出会って。土地も人も好きになったからだから何度でも来たくなる」私が出会った方たちは、自分がボランティアすることに対して
「偉い」とか「凄い」といった感情は抱いていないのです
シンプルに「できることがあるから」「好きだから」だから、続けている
私がヨガを続けているように、
自分のライフワークの中の一部としてボランティアがある特別なことではないんだってわかりました
だから、
大きな声でボランティア!って言うのって抵抗ある…と感じることもないのです
ボランティアが偽善的?自己満足?
それって誰が決めるの?
ボランティアする側?ボランティアされる側?それとも外から見ている第三者?
ボランティアによって助かっている人がいるんだったら
どうでもいいじゃん、そんなこと
そんなくだらないことで、今まで躊躇してたなんて
自分ってバカだなーと今は思うようになりました
相手がボランティアを必要としていない状況であれば、話しは別ですが
必要としている人がいる限り、その行動は意味がある、と今は思います
そして、実際に現地に行ってみると
1年以上経っても、瓦礫の撤去や床下の泥出し、崩壊した家の復旧作業など
一人ではとうていできないであろう作業が、まだたくさんあるのです
マスコミが報道しない様々な問題が、被災されたひとりひとりに
数多くのしかかっている
ボランティアによって解決できるのは、その数ある問題の中の本当にごくわずかです
さて、少し具体的に活動の報告をさせて頂きます
今回私が行ったのは
2日目 ボランティアセンター内のボランティアです
無料で宿泊所を提供されている東北教区災害ボランティアセンター内で
支援物資の仕分け、お掃除、洗濯などの作業を行いました
この宿泊所には様々な年代、下は18歳の高校生から上は60歳(?)まで、
いろんな方々が集まっていました
北は北海道から、南は九州から、ゴールデンウィークを利用して集まった人たち
ボランティア活動のベテランから、今回が初めての人、長期滞在の人や1泊のみの人まで様々です
そんな人たちに無料で宿泊所を提供しているワケですから、維持するのにも人手が必要です
ボランティアセンター内のボランティア。これも施設を維持するうえで大事な仕事
作業の合間に、宿泊者が書き記していったノートがあったので読んでみたのですが
韓国やカナダから来た方もいらっしゃいました
ここでは国、宗教問わずボランティア活動をされる方を全て受け入れているようです
活動を続けていく上で、どうしても交通費と宿泊費は負担になりますから
こんな施設があると非常に助かりますね!
事前に申し込みが必要ですので注意が必要ですよ~
3日目 瓦礫撤去活動農家の方のお宅にて、瓦礫撤去の作業です
この瓦礫撤去をする土地、震災前は家があったそうです…
津波によって、甚大な被害を受けた為に更地にしたとのこと
瓦礫撤去後は畑にするとのことで、今回ボランティア団体に支援要請を出されたそうです

もとは家があった場所、家の土台だったであろう大きな石や
ガラス、コンクリの破片など様々なものがどんどん出てきます
大の大人でも大変な作業、それを約40名で分担して掘り起こしていきました
作業時間は10:00~15:00ぐらいまで、晴天だったので
こまめな休憩をはさんで水分を補給しつつ作業を続け、終わる頃にはあらかた撤去することができました
暑かったので腕まくりしてたら、ばっちり日に焼けましたよ


私がお手伝いできたのは、瓦礫撤去まで
これから更に土を耕し、ビニールハウスを作るそうです
次のボランティアの方にバトンを渡し、私たちはそのお宅を後にしました
3日目 瓦礫撤去活動後 荒浜へここから下では、多くの方が犠牲になられた仙台市荒浜の写真を数枚アップします
ご家族、ご友人らを亡くされた方には辛く思う写真もあるでしょう
震災を、犠牲者が多く出た事実を風化させないためにも写真をアップさせて頂きます
日本は地震大国です。
同じ様な悲劇が起こりうる可能性が、常にあるということを写真を通し少しでも感じて頂ければと思います
ボランティアに参加したメンバーの中には、この土地を訪れたのが初めての方も多かったため
被災状況をきちんと見た方が良い、ということで荒浜地区に行きました
私は2度目の荒浜です

前日までの大雨の影響で、冠水している道路、水浸しの畑が多くありました
地震の影響で地盤沈下や排水設備などが壊れたのでしょうか…
一年経っても、大雨が降るたびにこのような状況らしいです
荒浜小学校

左写真は体育館 右写真は校舎前、壊れたバイク置き場となっている


この荒浜には10m超えの津波が押し寄せたそうです
人を、家を呑み込んで全て押し流してしまった
真新しいお墓が、街のあった場所にたくさんたっていました
震災によって起こった悲劇はこの場所だけでなく、多くの場所であったのです
人間は忘れてしまう生き物ですが
忘れてはいけないです
自然の猛威の前では、人は無力なんだということを
忘れないように生きていかねばと感じました
仙台市内に戻り、身支度を整えてボランティアセンターを後にしました
仙台での最後の夜
ボランティアセンターで知り合った方とお食事に行きました
普段会う事はないであろう、住む場所も年齢も違う人と食事を共にするのは不思議な気分です
ボランティアを通して感じたことは人それぞれ
ですが、きっとまたここに戻ってくると、皆が感じていたと思います
今回だけでなく、また私は東北へボランティアをしに戻ります
人も、土地も好きになりましたし
私にもまだまだできることがあるってわかりましたから!
イイネ♪と思ったら、1日1クリックをお願いします♪

↓↓↓↓↓
テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア